サウンディング・スペース展

Written by kamochan August 9th, 2003

2003.7.11 – 9.28 NTTインターコミュニケーションセンターにて開催された。

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……例えば作品空間の中に足を踏み入れることで空間の状態に変化がおき、音響の自己生成を促す作品、音によって空間を顕在化させたり、空間を生じさせたりする作品、物語や音によって喚起される情景によって感情がさざめくような作品、あるいは音によるスペクタクルなど、アーティストたちの多様な方法による、さまざまな空間を体験できることでしょう。……
(2003.7.11 – 9.28 NTTインターコミュニケーションセンター[ICC])

なかなか梅雨の明けない東京のとある日、NTT/ICCの展示が入れ替わったので、足を運ぶことにしました。前回メンバシップに入会したので、今年中なら何度行っても無料です!京王線初台駅から直結で行けるのですが、このコースはなかなかICCにたどり着きづらいのです。ようやく受付にたどり着き、メンバーシップのカードを見せて、チケットを受け取ります。左手にあるTVモニタの後ろには、返金型のロッカーがありますので、バックを放り込んでギャラリーへ。

平日に訪れたのですが、意外と人が多く、関心が高そうです。早速、無響室で行われている展示 “superseat – executive” を体験しようと予約をすると、何と1時間待ち!上映時間が4分30秒あるため、1時間に体験できる人数が限られているようです。展示は午後6時までなので、必然的に1日に聞ける人数は限られます。週末に行かれる方は早めの予約が必要でしょう。この予約の待ち時間を利用して、他の展示を「聴きに行く」ことにしました。

今回の展示は、視覚に訴えかけるものは少なく、聴覚を頼りにするものが多いので、展示作品の説明(ガイド)は先に読むか、または後に読んだ方が作品をより理解できるのかもしれません。

まず最初に聴いたのは、アレハンドラ&アーロン(Alejandra Salinas & Aeron Bergman) の “Belen” です。展示室中央に箱庭があり、そこに音楽が流れるというものです。隣の展示は、アルヴィン・ルシエ(Alvin Lucier)の “Empty Vessels(Tokyo)” です。この作品は興味深いです。大小様々な大きさの壷の中にマイクがあり、それと対峙するようにスピーカーが置かれています。共鳴をマイクが拾い、スピーカーが音を出し、またマイクが音を拾う…というループの中で、自分の存在が確かに影響を与えるというシンプルなものです。壷の前に立って耳を澄ませば、自分の存在が音を小さくしていくはずです。
部屋を出ると、ワイヤが数本、天井から張られています。これが、クリスティーナ・クービッシュ(Christina Kubisch)の “East of Oasis – twelve gates to sound” です。無線ヘッドフォンを付けて、ワイヤーに近づくと、自然環境の様々な音がするというインスタレーションです。耳から自然界の音を聞き、人工的な空間をゆっくり歩き回っていると、ワイヤーとワイヤーの間に見えない壁があるような感覚に囚われますが、それは意図するところではないでしょう。

そして、ノイズの走るスクリーンが。ギャラリーを隔てるスペースにあるのは、久保田晃弘の “material AV – resonant interface” があります。次にギャラリーAに入り、右手の部屋へ。いきなり真っ暗な空間に襲われました。最近ICCはこういうのが多いような。人のいる気配がするものの、下手に動くと展示品や人にぶつかりそうで…と、しばらく動けないで居ると、じわじわと明るくなり姿を現していくのが、エドウィン・ファン・デル・ハイデ(Edwin Van Der Heide) の “A World Beyond the Loudspeaker” でした。「耳のための映画」であると解説されていますが、聞こえてくる音はロッテルダム郊外で収録された音であり、自分が雑踏の中に居るような感覚になる「ざわめき」です。この作品はスピーカーが見えない全く暗いままの方が良かった気がします。

ラファエル・トラル(Rafael Toral) の “Echo Room” はコンセプトがシンプルです。マイクに向かって何かしゃべると、遅れて自分の声が聞こえてきます。どんどん喋ればどんどん重なっていきます。自然に静寂へ向かって消え去る自分の声を部屋に残して、そろそろ無響室へ。この作品は恥ずかしさが…残ります。

そしていよいよ “superseat-executive” に。無響室の中はパンフレット通りに機材がたくさん置いてあり、私が体験した無響室インスタレーションの中でも、もっとも「苦手な人が受け入れやすい」ものだと思います。ヴィジュアルが投影されるのでさほど暗くなるわけでもありませんし、閉所恐怖症の人でも、機材類があるため逆に安心すると思えました。
インスタレーションが始まると、椅子のすぐそばに置いてあるスピーカーから出る音が空気を伝わり、直に皮膚を振動させ、なかなかの迫力です。しかし、以前体験したダムタイプの “db” の方が感覚・知覚の拡張が強く感じられ、サウンドアートという意味においては優れているように思えます。

本展とは関係ないのですが、途中、ICC図書室に寄り、知り合いに紹介されたイームズ(Eames, Charles and Ray) の “power of ten”を見ようと思ったら、ロビーの「アート&サイエンス・クロノロジー」に埋め込まれているとのこと。書籍があったのでそれを読ませて貰いましたが、内容はとても興味をそそるものでした。発表年は古いものなので、きっと今更ながらなのでしょうが、今でも色褪せないものだと思います。いつか実際のクリップを見てみたいです。

エンタテインメントではない、サウンド・アートとしての音楽、もしくは音を主として構成されるアートは、未だ一定の共通理解を得ていないと感じます。つまり、悪く言えば、ざわめき・ノイズにしか聞こえず、「ああ、なるほど」という感覚で、聴くではなく、聞き流してしまうかもしれないと思います。
完全なサウンドアート、エンタテインメントとしてのサウンドアート、もしくはサウンドアートを意識するエンタテインメント、三方の筋道にまだまだ開拓の余地がありそうです。そして一般的にアートとして認知されるほどの作品はこれからも増えていきそうで、体験する日がとても楽しみです。個人的にはやはり無響室でのインスタレーションにいつも非日常と楽しさを感じます。

 

  • Photo: kamochan

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