ヴィデオを待ちながら展

Written by kamochan April 29th, 2009

2009.03.31 – 2009.06.07 東京国立近代美術館 にて開催。

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……1960年代末から70年代の半ばの美術において、絵画や彫刻といった伝統的なジャンルを再考し、美術という形式や制度の「外部」を見出そうとする気運が世界的に高まります。そして、表現の可能性を拡張していくひとつの手段として、画家や彫刻家が、当時普及し始めたヴィデオ・カメラを手に取り、映像作品を制作しました。「ヴィデオ」とはもともと、ラテン語の「video(我見る)」に由来しています。ですから、単にメディアや機材の固有名であるという事実をこえて、ヴィデオとは「見る」、すなわち美術の根本を問うきわめて普遍的な語だといえます。……
(2009.03.31 – 2009.06.07 東京国立近代美術館)

一気に初夏の陽気が訪れ、桜もさっと咲いては散った4月中旬。いつもお世話になっている美容室で、伸ばし放題だった髪を切ってもらいました。天気も髪もすっきりしたところで向かったのは東京国立近代美術館。最近よく来てるように思います。なので今回は九段下駅から行ってみることにしました。武道館を挟んで反対側、北の丸公園を通る散歩ルートです。

重厚な田安門をくぐり抜けると、すぐに武道館が見えます。思えば初めて武道館の目の前に来ました、意外とコンパクトなんだなと思い、そのまま北の丸公園を散歩です。本当に都心の、さらに真ん中なのに、緑も多いし、人もまばらで非常に静かな公園です。東京だってまだまだ知らないところはたくさんあるものです…。遠いかなと思っていたら、徒歩10分くらいであっさり美術館に到着。天気が良い日は、九段下駅からのルートが散歩がてらちょうど良いなと思いました。早速チケットを購入して、展示室内へ。

the tayasumon gate
新緑映える田安門。犬を散歩する人もいてのどかです。
the kitanomaru kouen park
北の丸公園の道。人がほとんどいません。平日の昼間だからか…のんびりしています。

今回は映像作品ばかりなので、どんな風に展示してあるのかと思ったのですが、木の箱の上にモニターが置いてあり、その前に椅子がある、というきわめてシンプルな展示空間でした、潔くてなかなか良いです。今日は平日でのんびり見ることが出来ましたが、人が多い日だったら集中して見られないように感じます。

まずは、ヴィト・アコンチ(Vito Acconci) の作品群。1971年に発表された、“centers”。作者本人、こちらに暗示でもかけるかようにずっと指を差しています。いかにも映像実験作品という感じです。目隠しされたアコンチが、投げられるボールをよけたりキャッチしたりする作品が興味深いと思いました。今の時代に当てはめれば、画面に映るアコンチ=私達であって、見えない場所からあたかも攻撃されているように見えます。何となく無意識に区別されていた、ネット社会と現実社会の境界線がそろそろ無くなりつつあるからこそ、私達の代わりにボールを受けるアコンチが、教訓の様に見えたりしました。ビデオなら、写っていない画面の外=自分が知らない世界、のはずなのに、世界中に見られていて、しかもすぐ、繋がっているのですから。

それにしても実験作品が面白すぎます。ジョン・バルデッサリ(John Baldessari) の作品 “Teaching a Plant the Alphabet” は、そのタイトルの通り、植物にアルファベットを見せて教えています。別に笑いでやってる訳じゃないですが、こういうのが好きな人はすごく気に入ると思います。もはや哲学、そして芸術とは何かというエッセンスを感じた作品です。こんな感じで、展示されている作品群からはどうやって映像に芸術のオーラを吹き込むか、という信念が伝わってくるものばかりで、実験的な物が多い分、ばかばかしくもあるし、とても興味深く面白いです。

デニス・オッペンハイム、ビル・ヴィオラや、ロバート・スミッソンの作品もさすが大御所という感じで、当たり前のように展示されています。フィッシュリ&ヴァイス(Peter Fischli & David Weiss) の名作 “事の次第(the way things go)” もありました、前にICCの展示で見たのですが、何度見ても良いです。芸術性もさることながら、単純に見てて面白い作品です。

CGを見慣れているせいか…2000年代の比較的最近の作品もなぜかレトロに感じます。フランシス・アリス(Francis Alÿs) の “the rehearsal” は映像と音楽をシンクロさせた、一見何気ないビデオですが、活動の場としているメキシコの現状を暗示している気怠い作品です。メキシコといえば急に話題の新型インフルエンザで注目されてしまいましたが…。

泉太郎(Taro Izumi) の作品も、おっ、と思わせるものです。モニターの前に水を入れた瓶があります。映像として写っているはずの人がビデオの外にある瓶を横切ったとたん、瓶の中を泳ぎ出す。というユーモアある作品です。現実と、別世界であるはずのモニターの向こう側が繋がっていて、あれ?と思わせる、こういう映像作品が最近は意外とかなり少ない気がします。

作品の多さに圧倒されつつ、のんびり展示を楽しんできました。美術館の独特な雰囲気と展示空間の中で見るのも良いですが、映像作品の魅力は基本的に展示場所を選ばないということでしょう。本展示の作品群でもウェブサイトやyoutubeで見られるものもあります。新たなテクノロジーが身近になっていくと、芸術としてそれを使った新しい表現手法が出てくるのも、流れとしては自然です。これからも新しいメディアからどんどん新しい表現が出てくるのを楽しみにしつつ、枯れた技術からも驚きのアイデア/表現手法を楽しみに、次の美術展示を探すのでした。

#東京国立近代美術館がある竹橋/大手町エリアは再開発が進んでいます。美術館がどんどん出来るという風にはならないでしょうけど。団塊世代が引退していくのに、オフィスビルの需要ってそんなにあるんでしょうか? それはさておき、緑溢れる皇居を囲んで、高層ビルが乱立していく風景もまた、アートのようなものでしょう…。

 

  • Photo: kamochan

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2015.04.11 – 2015.06.28 東京都現代美術館にて開催された。

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